食品微生物検査の基礎
10月 18, 2023

目次
食品の微生物検査とは
食品の微生物検査とは、食品事業者が食品の安全性を確認するために、食中毒を引き起こす微生物の有無や衛生状態の確認のために菌数を調べるものです。
食品事業者は原材料の調達、製造、輸送、保管といったフードチェーン全体で食品の安全性を確保し、確認する必要があります。
例えば、原材料の受入検査、製造工程でのふき取り検査、製品開発時の植菌検査(特定の微生物を接種して、その微生物によるリスクを確認する検査)や保存検査(食品を一定条件で保管して検査し、保存期間内における食品の安全性を確認する検査)、最終製品の抜き取り検査などが行われます。
検査で基準値を超えていた場合には原因の追究とその対策を行い、衛生状態が改善されたかどうかを微生物検査にて再度確認します。
このように微生物検査は、食品における微生物学的リスクを確認するために実施されます。
微生物検査を行う目的
「あなたは何のために検査をしますか?」
目的は、この問いを考え、明確に回答できるようにしておくことです。 単に、「食品衛生法で定められているから」「上司や先輩から引き継いだから」というだけでは目的を理解しているとは言えません。
一般的に、食品ごとに検査すべき項目(対象微生物)は食品衛生法で決められています。 しかし、多くの商品は多種多様な食材を用いて製造されるため、必ずしも食品衛生法に定められている項目だけでカバーされるわけではありません。そのため、取扱う食材や製造工程からリスクがあると判断した場合には、独自に追加の検査を行う必要があります。
例えば、病原菌のリスクという観点において鶏肉は、サルモネラ食中毒やカンピロバクター食中毒のリスクがありますが、食品衛生法ではカンピロバクターは検査対象に含まれていません。このため、目的をもとに自社での追加検査の必要性を判断しなければなりません。
また、検査結果の意義について考えておくことも重要です。例えば、弁当は複数の具材で構成されている食品であり、加熱食品と非加熱食品(生野菜、漬物など)が混在しています。これらを混合して検査するか、別々に検査するかで、得られる検査結果とその意味は大きく変わります。検査を設計する際には、どのような情報を求めて検査を行うのか、その結果をもとにどのような判断をするのかを事前に決めておかなければなりません。
このような背景から「何のために検査をするか」ということをしっかりと理解し、その上で自社内の基準を明確にし、検査を行うことが重要です。
微生物検査の手順
一般的に、微生物検査は、事前準備、調製、接種、培養、判定、片付けの順で行います。 具体的な流れは以下の通りです。
- 事前準備 : 身だしなみを整え、検査室を清掃し、必要な器具・機器、培地などを用意します。
- 調製 : 対象となる食品の微生物を検査できるように試料液を調製します。
食品の中にいる微生物をもみ出します。 - 接種 : 栄養分のある培地に調製した試料液を滴下します。
- 培養 : 微生物の育ちやすい条件下に培地を一定時間置き、微生物を増やします。
- 判定 : 増やした微生物を計測します。結果を基準値と照らし合わせて合否を判断します。
- 片付け : 使用した器具、機器、検査室の清掃および培地などのゴミ処理を行います。
- また、微生物検査を実施する方法は、大きく二つの方法があります。
寒天培地を用いた検査方法と迅速・簡便に検査できる培地を用いた検査方法です。
寒天培地を用いた検査方法は古くから使用されていますが、 粉末状の培地を滅菌希釈水に溶かし、それを
シャーレに流し込んで固める必要があるため、事前準備に時間がかかります。
そのため、昨今はこのような寒天培地の課題を解決した、より迅速で簡便に検査結果が出せる培地が多く使用されています。 代表例としては、ペトリフィルム培地があります。
ここでは一般生菌数の検査を例に、寒天培地とペトリフィルム培地を用いた検査方法の工程を図で比較してご紹介します。
寒天培地とペトリフィルム培地の検査工程
寒天培地とペトリフィルム培地の検査工程の比較
検査方法 | 事前準備 | 調製 | 接種 | 培養 | 判定 | 片付け |
---|---|---|---|---|---|---|
寒天培地 を用いた検査方法 | 必要な器具や機器が多い 培地の調製が必要 | 両検査方法とも同じ作業(食品から試料液を作成) | シャーレに試料液を滴下し、その後培地を流し込んで混釈し、固まるまで待つ 培地が固まるまで約30分 | 大きな培養器が必要 | 微生物と食品残渣の見分けが付きにくいことがある | 片付ける器具や機器が多い ゴミの量が多い |
ペトリフィルム 培地 を用いた検査方法 | 必要な器具や機器が少ない 培地の調製は不要 | 両検査方法とも同じ作業(食品から試料液を作成) | ペトリフィルム培地に試料液を滴下し、 専用の治具(スプレッダー)で拡げてゲル化するまで待つ ゲル化するまで約1分 | 小さな培養器で対応可能 | 微生物が着色されるため食品残渣との見分けが付きやすい | 片付ける器具や機器が少ない ゴミの量が少ない |
上記の通り、寒天培地も ペトリフィルム 培地も検査工程は大きく変わりません。 しかし、ペトリフィルム 培地は、寒天培地を用いた検査方法に比べ以下の3つのメリットがあります。
- 事前準備に必要な器具、機器が最低限で済む(培養器も小さいもので可)
- 培地調製が不要(袋から出せばすぐに使える)
- 作業が簡単で効率的(接種操作はシンプル。判定も容易。片付けも短時間で済む。)
このように検査方法によって準備すべき物や必要な技量が変わってきます。
そのため、検査方法によってこのような違いがあることを事前に理解しておく必要があります。
微生物検査方法を選択する際の注意点
微生物検査方法を選択する際には、2つの注意すべきポイントがあります。それは「信頼性」と「正確性」です。
信頼性とは、科学的根拠に基づき妥当な方法と認められている、もしくはそれを証明できることです。いくら検査を行っても、その方法が正しい検査結果を得られるものでなければ意味がありません。そのため、その検査方法が正しい検査結果を得られる方法だと証明するために、外部の第三者認証機関の認証を得ている、もしくは妥当性を自社で証明するかのいずれかが必要です。
一方、正確性とは、検査員による検査結果のバラつきを抑え、安定した試験結果を得られる程度のことです。たとえ、妥当性が確認された検査法を選択しても、検査員がそれを正しく使用することができなければ正しい結果を得ることはできません。そのため、検査方法を選択する際は、検査員の力量を考慮し、作業が簡便で誰でも簡単に使用できる方法を用いることが望まれます。
一般的に、寒天培地を用いた検査方法で上記2点を満たすのはハードルが高いものと考えられます。寒天培地を用いた検査では、作業上守るべきことが多く、熟練した検査員でないと検査結果にバラつきが生じやすくなります。 また、検査方法の科学的根拠に基づく妥当性を自社で証明することは非常に難易度が高いです。
このようなことを理解した上で、自社に適した検査方法を選択する必要があります。
ペトリフィルム培地とは
ペトリフィルム培地は、1984年に3M社が発売した寒天培地に代わる画期的な乾式フィルム状のできあがり培地です。 寒天培地のように、「粉末培地を溶かして、シャーレに流し込み、固める」という作業を必要とせず、袋から取り出してすぐに使うことができます。
ペトリフィルム培地は、3M社で働く一人の科学者の思い付きから開発が始まりました。
1980年に3M社の医療用製品事業部で働いていたある科学者は、寒天培地の準備にかかる時間を減らし、より重要な業務に時間を割きたいと考えていました。そのため、その科学者は他社のラボラトリーも訪問し、実態を確認しました。その結果、他社でもシャーレの保管に多くの場所を取られていることや、平板培地(寒天培地をシャーレに流し込んで固めた状態のもの)の使用期限が短く、未使用のまま廃棄しなければならないなど寒天培地に対して不満を抱えていることがわかりました。
それらの課題を解決するため、その科学者は培地をフィルム状の薄いものにするというアイディアを思い付きました。しかし、開発は難航し、多くの試行錯誤と失敗を繰り返しました。最終的には、3M社内の別の事業部が抱える技術を応用することで突破口を見出し、3M™ペトリフィルム培地の完成に至りました。
現在では、袋から取り出してすぐに使用できるその作業性、簡便性に加え、第三者機関による多くの認証を取得するなど、信頼性においても世界的に高い評価を得ております。国内においては、食品衛生検査指針という食品の微生物検査法のガイドラインにも収載されており、多くのお客様にご採用いただいております。
分類: Food Safety